‘音楽’

ベジタリアン・フェスティバル              at 仏光寺

2011/10/11 Categories: 音楽

知っている人は知っていて、知らない人は知らないが(←あたりまえだ)、タオサンガ/NPOユニではチャリティ施術というのをやっている。フェスティバルなんかにも出店して、タオ療法の簡易的な施術を施し、その収益を東北震災や海外援助に役立てようというものだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

仏光寺で行われたベジタリアン・フェスティバルにも出店して、連動するかのように、バンドLamani も出演した。ステージで、タオサンガ/NPOユニの出店のお知らせもできるというのはありがたいことだが、ーつ問題がある。

というのは、僕はステージでは頭が空回りして、挨拶以上の話ができない。ただでさえ、自分の法話ライブのU-Streamの録画を見て、”われながら、語尾不明瞭な奴だなあ”と思うのだから、この上、演奏の合間にしゃべろうものなら、意味不明なことを言うだけである。僕は、音楽演奏と話す時とでは、使う脳の部分が違うのだ。

なんと言っても、今のところステージでは、目も開けられないぐらいの状態である。(なるべく目を開けようと努力している)このときの気持を何と説明して良いのかわからないが、ちょっと想像して頂きたい。もし自分、が仏さまや神さまに必死に祈っているところを、人々に見られている状況だったら、、、。どうです、恥ずかしくてたまらないでしょう?

それで、ステージで話をするなんていう芸当が、どうにもこうにもできないんですよね。せいぜい感謝の言葉を述べるのが、
今のところ精一杯である。
演奏後にやっっと水と食事にありついた後は、タオサンガの皆さんの懸命な働きに、”なんか手伝わないでワリーな、、、”とかも思いつつ、お寺の門の日陰で、放心してしまった。皆さんに感謝である。

ベジタリアンフェスティバルは、動物の生きる権利などのことを考えたり、食の安全や自然との共生に関する活動をするなど、意識の高い人たちが開催している。友人のアイリーン・スミスさんも招かれて、脱原発について講演していた。

また、例によって僕は客席を見れないのでわからなかったが、どうやらステージでの演奏は受けたらしい。おかげさまでCDも完売して、持ってきた枚数では足りなかったそうだ。

また演奏後に求められてCDにサインしていたら、”目を閉じて聴いていたら、まるで異界に連れていかれるかのようでした” と言って下さった方がいた。”演奏中の祈りが通じたのかな?”と思って、 とても嬉しかったな。
翌日、バンドを演奏に招いて下さったベジフェス主催者側の倉田志樹さんが、下記のようなメールを下さった。本当に感謝である。

「今年もご出演して下さって本当にありがとうございました。
素晴らしいステージ、特にillusion trainの盛り上がりは、
とても感動的で、ウルルときました。
遠藤りょうきゅう&ラマニさんのような、
表現力が高く、レベルの高いアーティストがご厚意で出演して下さるので、
京都ベジフェスが続けていけます。」

ベジタリアン・フェスティバルのウエブ
http://www.vegetarianfestival.jp/

 

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被災地ツアー(4)

2011/09/17 Categories: 東日本大震災支援 音楽

かつて400人の避難者を抱えていたという石巻の洞原院。先月、紹介してもらってご住職の小野崎さんに電話した。その時、“半年目の9月11日の法要の前に、追悼の奉納演奏をお願いしたい”と言われた。それでLiveが実現することになった。

マスコミにも有名なお寺とは聞いていた。お寺の追悼法要は、NHKのニュースでも流すらしい。われわれは、朝から音響機材などをセットし、午後になってから、切ないような想いで演奏をスタートさせた。

音楽が、場にいる人々の心に染み入っていくのを感じた。

後で聞いたら、涙を流しながら聴いて下さっていた、お年寄りの方々もいらしたという。

演奏終了後。義援金の配布のため、東北一帯を巡っているという、台湾の仏教団体の方々が会いたいという。行くと、“素晴らしい演奏だった。東北全体の法要を企画したら、ぜひまた来て演奏して欲しい”とおっしゃられた。

長居はできず、定禅寺ジャズフェスティバル出演のため、仙台にダッシュで向かう僕たちだった。帰りは、洞源院の皆さんが、“演奏のお礼に”と言って、南こうせつさんの歌で送って下さった。法要に出れなくて申し訳ない、というようなことを僕が言ったら、”いや、演奏で十分に供養して頂きましたから”とおしゃって下さった。

果たして間に合うのかと、少し心配したが、仙台での演奏も無事修了。演奏中、人々が喜んで下さるのがこちらにも伝わった。

演奏後に、“こんな音楽は、今まで聴いたことがなかったです”とか、“胸に滲みて、素晴らしかったです!”などの言葉を聞くと、「大変だったけど、がんばって来て良かったな、、、」と思う。演奏を通して、仏さまの心が伝わればありがたいなと、寺のバンドとしては、そうも思う、、、。

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被災地ツアー(1)

2011/09/13 Categories: 東日本大震災支援 音楽

被災地でボランティア指圧をしながら、音楽のLIVE ツアーをするというのは、かねてよりのアイデアだった。そしてそのアイデアは、不思議な経緯で実現したのだった。

まず、仙台の定禅寺Jazzフェスティバル http://www.j-streetjazz.com/ に出演することになった。

次に、石巻の洞源院というお寺でもライブをすることになった。古くからの友人で、クライブ(東京在住)というイギリス人ジャーナリストを通じて、である。洞源院は、さだまさしさんや南こうせつさんなんかもライブをした所だそうだ。

クライブは、7月2日に、僕らがアースガーデンという代々木公園の野外フェスで演奏した時に、初めてLiveを見に来てくれた。

<クライブ>

<クライブが撮った写真>

そうしたら何だかエラく興奮して、“俺が被災地でのライブをセッティングするから絶対行け”と、言い続けていた。(彼は、震災直後から救援物資を届けに、何度も石巻に車で通っていた)

CDアルバム「AMIRITA」も気に入ったようで、その夜は酔っぱらって、二度も絶賛の電話をかけて来た。(彼とは、いろいろと本気でケンカもしたが、この際、すべて水に流して許してやることにしよう。まあ、恐らく向こうも同じことを考えているに違いないが、、、)

最後に決まったライブは、気仙沼の唐桑(からくわ)町のライブハウスである。からくわ町には、震災当初からNPOユニとして様々生活物資や、洗濯機や冷蔵庫10台送るなどの支援をして来た。ご縁ある場所である。僕が3月下旬に、ボランティアに行った所である。

こうして、三カ所のライブツアーが実現することになった。それにしても強行軍である。バンド一行は、京都から車で12時間かけて仙台まで来て、一泊。

翌朝、三時間半かけて気仙沼へ行き、一日中ボランティア施術。(それにしても、バンド全員が指圧できるというのは、便利なものである)

さらに、その翌日も夕方まで施術し、夜はライブハウスで演奏した後、遅くに石巻に移動。

翌日の昼に石巻で演奏した後、夕方の出演に間に合うようにと、ダッシュで仙台に向かうのである。

石巻では演奏のみで、ボランティア施術する時間が取れない。それで、僕がバンド一行よりも一足先に東北に来て、石巻だけ前もって行っておくことにした。

というわけで、仙台に来た僕は、一人で、石巻の仮設住宅に向かった。ここは洞源院というお寺に避難していた人たちがいる所である。

午後、腰痛や膝関節痛のお年寄り等の施術をさせて頂いた。膝が曲がらなかったのが、曲がるようになった等で、喜ばれた。

ところで洞源院は、そんなに広いお寺というわけではない。でも、一時は400人もの避難者がいらしたそうである。

このスペースにどうやって、そんな人数でいられたのだろうか? と思った。 さぞかし、大変なことだっただろう。今は、全員が仮設住宅に入られた。

石巻は、広範囲で被災しているので、まだまだ津波の傷跡が、街のあちらこちらに残っている。

 

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人の心に潜む、神秘の扉を開きたい

2011/07/06 Categories: 音楽

“楽器ができて良いですね”と言われることがあるが、実は、喜びは苦しみを内包している。
そしてその苦しみは、「一体なぜ自分は、こんなに激しい音楽への衝動を背負って生きなければならないのか?」を、僕によく考えさせた。
曲を生むことでしか救われない想いに陥っている時、曲が生まれる。
少なくとも僕自身に限って言えば、創造は、自らの心の負の要素を土台としている。

でも、最近気づいたことがある。それは、僕の音楽への衝動が、人にスピリチャルな体験をもたらしたいという想いと、交じり合っているということだ。
音楽は、神秘への扉である。人々の心に潜む、その神秘の扉を開きたい。
僕は、そんな激しい衝動を背負っている。これに気づいた。自分のキャラでもないのに、念仏サンガなどをやっているのも、きっとそのためだろう。
そして僕は、誰がいても、それがどんな場所であっても、まるで音楽の神の前に、投身するかのような想いで演奏する。
さて、アースガーデンという、東京の代々木公園で定期的に開かれているイベントで、演奏させてもらった。
主催者の南兵衛さん、ありがとう。

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