2015年12月の記事

ーそれでも希望は捨てないー中東活動記ー

2015/12/05 Categories:

パレスチナ西岸地区、ヘブロンの劇場でのイベント終了後、以前から知り合いのアリという人に、最近事件があった病院に連れて行ってもらった。

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<左がアリ。右が事件現場に居合わせた看護師>

 

その事件というのは、何ともやり切れない話である。

イスラエルの武装警察20人が、変装してヘブロンの病院に潜入した。入院していた反イスラエル政府活動の容疑者を拘束しに行ったのである。

(もちろんイスラエルのTVなどのマスコミは、その人物を「テロリスト」と表現していた)

 

ここで理解して頂きたいのは、戦前は日本でも共産主義者を赤狩りして刑務所に入れた。

対ナチのレジスタンスも、テロリストとして刑務所に入れられていたのである。

その反イスラエル政府活動家を拘束しに行って、けが人を守ろうと止めに入った民間人のいとこを含めて2人を射殺した。(これって、イスラエルによるテロではないのか?)

案内されて行った病室の天井には、血しぶきの跡まであった。さらにそれは、同室の14才の少年の目の前で行われたのである。

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<病院の中>

現場に居合わせた看護師からも詳しい話を聞いた我々は病院を後にした。

やり切れない想いが残った。僕はしばらくの間、笑えなかったし、口をきくのも億劫だった。

 

それでもパレスチナ人たちは希望を失わず、未来に希望をつないで生きている。

世界の人々が現実を知り、声を上げてくれる日を待っている。

そして、私たち海外から来た人間を精一杯歓迎してくれる。

 

だから僕も目をそむけてはいけないと思う。

そして世界で最も人権がないがしろにされている場所の1つであるこの地を、平和な場所にするという夢を捨ててはいけないと思う。

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<地中海>

 

今日は最後の活動日だった。

朝、まずはパレスチナのラマラでニッキーさん、れいなさんと別れ、

エルサレムまで戻る。

エルサレムまではマガリが迎えに来てくれた。

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<マガリ>

 

今日も、ハードスケジュール。なにせテルアヴィブで、ミーティングが7つも入っているのだ。

1人目は、軍事行為やテロで子どもを失くしたイスラエル人/パレスチナ人の親の会の会長。近く大本教の招きで、日本に行くという話だった。

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<女性反戦グループとのミーティング>

2つ目は、あれ? 何だったけ?

とにかく、次から次へとミーティングだった。

途中、映画監督のガイ・ダビディとも会った。

「五つの壊れたカメラ」という、ビリン村のパレスチナの平和的抵抗運動を描いたドキュメンタリー作品でオスカー賞にノミネートされ、ハリウッドまで行って来た人である。

TIMEというアメリカの雑誌の表紙にまでなっていたが、イスラエルでは妨害を受け、その後は大変らしく、とうとうニューヨークに引っ越すことにしたという。

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<映画監督のガイ>

 そして夕方には、女性運動家たちともミーティングしたが、こちらはテルアビブでやるアースキャラバン・イベントに関心を持ってくれた。

さらに引き続き、ミーティングを行い、具体的な話を詰めていくことになった。

 最後は、タオサンガ・ミーティング。まずは定期的に修行の会を行っていくことになった。

どうやらアヴィとエリシェバは、日本に来てしばらく(1年とか)修行したいらしい。

ああ日本に、タオサンガ・ビレッジができていたらな、と思う。

できるはずだったリトリート・センターを、やっぱり創らなくては、、、。

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<タオサンガ中東・再建メンバー/みんなハッピーそうだ。それにしても、不思議なものである。タオサンガをやめてしまう日本人がいるかと思うと、”来世でも良いから”と何年も待っていたイスラエル人がいるのだから>

 

、、、すべてのスケジュールが終わったのは21時半。出発は朝6時だから、朝3時には空港に行かなくてはならない。、、、となると夜中の1時起きかぁ。(←寝る時間じゃないか)

 

以前に比べたら出入りはスムーズになったものの、テルアビブの空港に行くには、まだ相当の緊張が残る。マガリは、朝2時に迎えに来てくれる、とのこと。

 

ホテルでなくゲストハウスなので、チェックアウトするにはややこしいものがあった。

(「誰もいなくなってしまうので、1度出たら忘れ物があっても戻れないよ」と言われた)

それでも1、2時間うっすらと寝た後、なんとか暗い宿を後にした。

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